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エクバタナ遺跡

エクバタナの丘

【写真】 エクバタナの丘

アルメニア教会

【写真】アルメニア教会


エクバタナの起源は紀元前7世紀の「メディア」に始まり、アレクサンダー大王によって滅ぼされる紀元前330年までアケメネス朝の夏の首都として繁栄を極めました。遺跡は現在も発掘調査中ですが、主要な出土品はテヘランの考古学博物館に収蔵されています。

遺跡の中に入ると、当時使用されていたと思われる食器や工芸品の破片が至る所に散乱しており、今から2000年以上も前に生活していた人々が使っていたこれらの食器類を縁もゆかりもない旅行者である私が手にしていることに対して、何とも言えない感慨を覚えました。

日本の場合、これほどの重要な遺跡を発掘調査する際は大勢の人手と多額の費用を用いて発掘されますが、ここエクバタナ遺跡の発掘調査は日本ほどには綿密に実施されていないように感じました。また、遺跡には人糞が転がっており、敷地の一部はゴミ捨て場として利用されていました。日本ではちょっと考えられない光景です。

遺跡に佇んでいると、当時この地で生活していた人々の息吹を感じました。また、厨房の跡、階段の跡などが往時を偲ばせます。歴史に興味がある者や遺跡に興味がある者にとっては、このエクバタナ遺跡は観光地化された遺跡では味わうことが出来ない身近な遺跡として、その目に映ることでしょう。

【追記08−02−11】

07年6月、7年ぶりにエクバタナ遺跡に再訪しました。前回訪問した際はあまり時間をかけて遺跡を見学することが出来ませんでした。遺跡は未発掘の場所が多く、敷地も広大です。しかし、今回は遺跡の敷地内に建てられている博物館やアルメニア教会を見学することが出来ました。現在の市街地と遺跡の境界付近にアルメニア教会は建てられており、市街地を散策しているときも、教会の屋根に据え付けられている十字架を幾度となく見掛けました。

教会に訪問した際、信者さんと思われる女性とお会いしました。女性はお祈りをしたのち、持参した花を祭壇に捧げていました。イスラム教徒が多数を占めるイランにおいてはキリスト教徒は少数派ですが、信者の数は少ないながらも、信仰の灯火は脈々と受け継がれているようです。

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