
![]() |
![]() |
| その昔、日本国内の各地に於いて、食パンを搭載した荷車をロバに曳かせて行商をする「ロバのパン屋さん」という商売があったそうですが、ここハマダーンでは、ロバのパン屋さんならぬロバの人参屋さんが、市の中心街であるイマーム・ホメイニー広場で商売をしていました。このようなのどかな光景はもはやテヘランのような都会では見ることはできません。 外国人観光客があまり訪れないような地方都市では、宿泊施設を見付けるのに苦労することがあります。ここハマダーンでも、宿という宿に宿泊を断られ続けて、ようやく宿を見付けたのは宿探しを開始してから小一時間が経過したころでした。今現在では形骸化している規則なのですが、イランに於いては外国人観光客は安宿に泊まれないことになっているので、そのことを理由にして宿泊を断られていたようです。「外国人を泊めることが出来ない」と単刀直入に理由を述べて断るのではなく、「満室だから」という曖昧な理由で宿泊拒否されていたのです。 追記07−02−11 07年5月、ハマダーンに再訪しました。7年ぶりの再訪でした。 イマーム・ホメイニー国際空港から西バスターミナルに直行してハマダーン行きのバスに乗車し、ハマダーン市内に到着したときは既に夕暮れ時でした。到着後、その日の宿を探していると、水道屋さんを営む男性に声を掛けられ、自宅に泊まるように勧められました。男性の奥さんも私が自宅に訪問するのを歓迎しておられるとのことなので、一晩だけ、宿泊させて頂きました。 市内の中心部であるイマーム・ホメイニー広場の近くには、旧約聖書のエステル紀に登場するエステルとモルデハーイ(モルデカイ)の霊廟が建てられています。以前当地に来訪した際は、霊廟へは訪問したものの入場はせず、道路から外観を見学したのみでしたが、今回は内部の見学もしました。当地に到着したのは夕暮れ時で、入場時間を少し過ぎていましたが、件の水道屋さんが霊廟の管理人さんに電話連絡してくれたお陰で、管理人さんは、私が霊廟に到着するのを待っていてくれました。 旧約聖書のエステル紀のなかには、次のようなエピソードが記されています。 ある時、エステルとモルデハーイは、ユダヤ人を敵視しているハマンがユダヤ人たちを虐殺する計画を立てていることを知り、そして、エステルは王に対して「もしも王さまのお許しが得られ、王さまがよろしければ、私の願いを聞き入れて、私にいのちを与え、私の望みを聞き入れて、私の民族にもいのちを与えてください。」(エステル紀7章3節)と懇願しました。その結果、エステルの願いは王に聞き入れられることとなり、ユダヤ人たちは虐殺の難から逃れることが出来ました。 |
||

| 【写真】 サンゲ・シール広場 |
| サンゲ・シールは、アケメネス朝滅亡後、当時の権力者であったアレクサンダー大王の命によって製作されたと伝えられている彫像で、かつては勇猛果敢なライオンの姿をしていたようです。しかし、現在はその原型を全く留めておらず、歴史的価値のある遺物としても取り扱われていません。また、彫像の傷みは非常に激しく、長年の風雪によって欠落した箇所も多く見受けられ、その欠落部分は貫通ボルトによって補強されて、かろうじて崩壊を免れているような状態でした。 | ||
![]()