

| 【写真】ノウルーズの飾り付け |
| 2006年3月、イランの正月であるノウルーズの時期にイランを訪問しました。普段は喧噪に包まれている首都テヘランも、このノウルーズの期間中は嘘のように静まりかえっており、まるでゴーストタウンのようでした。しかしその一方、地方に居住している親戚・縁者のもとへ向かう人々の帰省ラッシュが発生し、それらの人々を乗せた車やバスで主要幹線道路は大混雑します。不慣れな土地を、しかも肉体的に疲れた状態で長時間車を運転していることもあり、街のあちらこちらで交通事故が発生していました。ノウルーズの期間中は、警官や救急隊員は休む暇もありません。横転して、大破した車のドライバーが茫然自失の状態で道路に佇んでいたり、顔面に傷を負い、興奮状態で何やら周りの人に訴え掛けている女性の姿も見受けられました。また、ペルセポリス遺跡見学を終えてタクシーで市内のバスターミナルまで移動しているとき、死亡事故を目撃しました。車の流れが急に悪くなり、ふと前方を見てみると、正面衝突して大破した2台の乗用車が道の上下線に停まっていました。大破した乗用車の側には、毛布を掛けられた状態の、既に息絶えたドライバーが地面に寝かされていました。 日本で言うところの大晦日、私はイスファハンに居ました。大晦日と言えば花火を打ち上げて盛大に新年を祝ったりするものですが、イランに於いてもそのようなお祭りがあるのかと思い、安宿で知り合った人たちとイマーム広場に行きました。しかしイマーム広場は普段通りの状態で、いわゆるカウントダウンパーティーのような催しはありませんでした。 テヘランのアザディースタジアムに於いてイラン代表チームと北朝鮮代表チームがワールドカップドイツ大会のアジア地区予選を行い、イラン代表チームが1−0で勝利を納めた2005年6月3日、私はイスファハンに居ました。街はそれはもう凄いお祭り騒ぎで、車に箱乗りした若者たちが、クラクションを鳴らしながら、歓喜の雄叫びを発しながら騒いでいました。そしてそれらの車列に埋め尽くされた幹線道路は大渋滞になり、警察は若者たちを解散させようと奮闘していましたが、こうなるともう手の付けようがありません。 このときと同じような光景が見られるかと思い、イマーム広場に行ったのでした。 ノウルーズも終わりに差し掛かった頃、ラシュトに行きました。ラシュトに向かう途中のバスの車内で、日本語を話せる、かつて日本で働いていた男性およびその妻子と仲良くなりました。ラシュトを訪問するのは6年ぶりで、6年前の記憶を辿りながら、バスで知り合った男性と市内を散策しました。そして市内を散策したのち、男性は、「今日はモスクでお食事会があるから、一緒に行きましょう」と言い、私を市内にあるモスクに連れていきました。イスラム教徒ではない私が、モスクで食事をしても問題ないのかと不安になりましたが、モスクに居た人々はとても寛容な態度で私を食事の席へ招いてくれました。「富める者も貧しき者も神に感謝して、膝を交えて、ひとつ屋根の下で仲良く食事をしましょう」とのことでした。イスラム教徒の懐の深さやイラン人の優しさを再認識した出来事でした。
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