ペルセポリス遺跡には、後世になって刻まれた落書きがいくつも残されています。これは非常に嘆かわしい行為であると同時に勇気のある行為であると思います。自身の愚かさを後世に伝える訳ですから。落書きを観察すると、ご丁寧にも落書きをした日付や氏名が書かれていました。
 |
北階段
謁見の間へと続く階段です。王と謁見する属国の使者たちは、この階段を緊張した面持ちで一段一段登って行ったことでしょう。
|
 |
Apadana(謁見の間)
この部屋は、王が属国の使者と謁見する際に使用されました。
2500年もの長い間、風雨に耐えて立ち続けている石柱が印象的です。
|
 |
The Tacara(ダレイオス1世の宮殿)
属国の使者たちの姿が、緻密かつ精巧に彫刻されています。王の威光は失われましたが、今となっては名前も定かではない職人の技は、現代の世でも生き続けています。
|
 |
The Hadish(クセルクセス王の宮殿)
牡牛を襲うライオンの姿が彫刻されています。この牡牛とライオンの解釈に関しては、諸説あるようです。
|
 |
The Haram(王妃たちの屋敷)
整然と区画整理された敷地に屋敷が建てられ、王妃や側近が暮らしていました。王妃の屋敷跡の近くには、未だに未発掘の建物群が残されています。イラン版の大奥と言ったところでしょうか。
|
 |
The Tripylon(中央宮殿)
宮殿の中央には、かつての会議室があります。ゲートには王の姿が刻まれ、宝石類が埋め込まれていました。しかし現在、宝石は略奪されて、影も形もありません。
|
 |
アルタクセルクセス2世の墓
盗掘に遭った模様で、棺はこじ開けられて、棺の中で眠っているはずの王の姿はどこにも見あたりませんでした。
墓の隣には、岩盤を垂直に削って作った巨大な穴が残されています。その高い技術力には驚かされます。
|
 |
ダレイオス3世の墓
アケメネス朝の最後の王であるダレイオス三世墓は、幸いなことに盗掘は免れていました。時代の移り変わりを王はどのような面持ちで見守り続けているのでしょうか。アケメネス朝は紀元前330年に滅亡しました。
|