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テヘラン市街12

旧ジャレー広場

【写真】 旧ジャレ広場


1978年9月8日、テヘラン市郊外にあるジャレ広場においてパーレビ国王の退陣を求める市民たちのデモが行われ、デモ鎮圧のために駆けつけた軍隊の放った銃弾によって多数の死傷者が発生するという痛ましい事件が起こりました。旧政府側の公式発表によると死者の数は58人とされていますが、実際にはその何倍もの死者が発生したであろうと言われています。この事件は「黒い金曜日」と名付けられ、イラン国民の反国王感情が更に加速した一因にもなりました。

ホメイニー師率いる革命政府が樹立された後は、ジャレ広場は17thシャリバー広場と改名されました。広場を訪れた際、古くからこの地に住んでいる、かつてこの地で起きた惨劇を目の当たりにした紳士から当時の模様を聞くことができました。「デモ隊に向かって軍隊が発砲を繰り返し、多くの人々が重なり合うようにして地面に倒れて、命を落とした。」と昨日の出来事を語るが如く生々しく当時の様子を語ってくれました。

イスラム革命やムハンマド・レザー・パーレビ国王に興味を持ち、以前より私はジャレ広場に訪問することを希望していました。そしてイランに再訪した際、友人からジャレ広場の所在地や行き方を聞き出して、訪問するに至りました。このジャレ広場で発生した黒い金曜日事件の模様はイランの学校でも教えられており、イラン人の誰もが知っている、イランの近代史を語る上で特筆すべき重要な事件なのです。日本人が学校の歴史の授業で広島や長崎に投下された原子爆弾による惨劇の事実を教えられるように。

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