


| 【写真】沈黙の塔 |

| 【写真】集会所跡 |
| かつてのゾロアスター教徒が鳥葬場として使用していた遺構が、ヤズド市街の外れに今も現存しています。この鳥葬場は沈黙の塔とも呼ばれており、パーレビ王朝の初代国王であるレザー・シャー(本名はレザー・ハーン)によって鳥葬の儀式が禁止される1930年頃まで、使用されていました。現在のゾロアスター教徒の墓地は沈黙の塔の傍らに設けられています。イランの近代化を急ぎ、即位後は、それまでイラン人女性が身にまとっていたチャドルの着用禁止令を直ちに公布したレザー・シャーにとって、鳥葬などと言う前近代的な宗教儀式は看過することができなかったのでしょう。 沈黙の塔の麓には、かつての集会場の建物が今も残っています。朽ち果てて原型が失われたような建物もあれば、コンクリートで土台が築かれた比較的新しい建物もあります。恐らく、新しい建物は鳥葬が禁止される直前に建てられたものと思われます。 鳥葬の儀式は、まず死者を麓の集会所に安置して、遺族や親族によるお通夜が営まれます。そしてその後、沈黙の塔まで死者を運び上げ、塔の中央に設けられている穴に死者を安置して、その後は鳥に食されるのを待ちます。非常に残酷な儀式のようにも思えますが、食物連鎖によって成り立っている自然界の仕組みを考えると、自然の摂理に沿った方法であるようにも思えます。 現在、沈黙の塔の周辺は地元に住む少年たちの格好のバイク遊びの場になっています。エンジンの爆音を響かせ、砂塵を巻き上げながら、沈黙の塔がある丘の周辺をバイクで走り回っています。その為、かつては鳥葬場として使用されていた宗教施設であるのにも関わらず、この種の場所にありがちな沈鬱な雰囲気は微塵も感じられませんでした。もしも日本にこのような施設があったなら、間違いなく心霊スポットに仕立て上げられていることでしょう。 以前、イラン旅行をしているときに知り合った人から面白い話を聞きました。その人のかつての友人に、墓場でテントを張って夜を明かすことを趣味としていた人がいたそうで、「そんな場所でテントを張って、夜は怖くないの?」とその人に訊ねたところ、「いいえ、夜の墓場はあちらこちらから話し声が聞こえて来て、とっても賑やかなんですよ」と言われたそうです。沈黙の塔の頂上に一人で登り、数十分ほど休憩していた際、何故かこの話を思い出してしまいました。私には、少年たちのバイクの爆音しか聞こえませんでしたが。
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